私たちは尼崎議員団は米国・トランプ政権によるイランへの軍事攻撃の報道に、強い懸念と憤りを覚えています。
遠く離れた国の出来事のように見えるかもしれません。
しかし、武力によって緊張が一気に高まれば、地域の不安定化だけでなく、世界全体の平和と安全に深刻な影響が及びます。犠牲になるのは、いつも一般の市民です。
日本共産党の志位和夫委員長も、今回の軍事行動について、国際法と国連憲章の観点から重大な問題があると指摘し、対話による解決の重要性を訴えています。党の国会議員や地方議員も、SNSなどを通じて、これ以上の軍事的エスカレーションを強く懸念する声を上げています。
私たちは、ここで立ち止まって考えたいと思います。
1国の大統領がやる人殺しは許されるなんておかしい!という普通の感覚がなぜ大きな声にならないのか。
これは、決して特別な主張ではなく、多くの市民が心のどこかで感じている率直な疑問ではないでしょうか。
どんな立場や理由があっても、武力で命が奪われる現実を前に、違和感を覚えるのはごく自然なことだと思います。
一方で、戦争反対の声や日本共産党の主張に対して、「お花畑だ」といった嘲笑的な言葉が向けられる場面も、残念ながら増えていると感じます。
しかし私たちは、世界のどこかで罪のない人たちの命が奪われている現実に思いを巡らせず、ただ「強いことを言う指導者」に判断を委ねることで安心してしまう空気の方にこそ、むしろ大きな危うさがあるのではないかと感じることがあります。
戦争は、決して避けられない運命ではありません。
私たちは、戦争とは外交の最も深刻な失敗の結果だと考えています。だからこそ、武力衝突に至る前の段階で、対話と外交の努力を尽くしきることが何より重要です。
世界で唯一の戦争被爆国であり、憲法9条を持つ日本が果たすべき役割は、軍事的緊張をあおることではなく、戦争にならないための外交努力を粘り強く積み重ねることではないでしょうか。
日本政府にも、同盟関係を理由に無批判に追随するのではなく、国際法と憲法の立場から、緊張をこれ以上高めない方向で主体的な役割を果たすことを求めたいと思います。
私たちは、これからも、市民のみなさんの命と暮らし、そして平和を守る立場から、声を上げ続けます。
大きな力に流されず、「おかしいことはおかしい」と言える社会であるために――ともに考え、行動していきたいと思います。