9条を考える:核の時代に、戦争と人類は共存できるのか
広島と長崎。
人類は初めて「核戦争」を経験しました。
この現実が、日本国憲法9条の出発点です。
当時すでに、「文明が戦争を止めるか、戦争が文明を壊すか」という危機感が語られていました。
実際、首相だった幣原(しではら)喜重郎は、
「一瞬で数百万人が死ぬ戦争が来る」と警告しています。
そのうえで日本は、単に戦争を制限するのではなく、
「戦力を持たない」という一歩先の選択をしました。
背景にあったのが、原爆という現実です。
その後の世界でも、この流れは続きます。
核兵器禁止条約が成立し、
「使うこと」だけでなく「使うと脅すこと」も禁止されました。
被爆者の証言や科学者の警告が、
「核は人類と共存できない」という認識を広げてきたからです。
(写真)核兵器禁止条約の採択が決まった歓喜の中で握手を交わすサーロー節子さん(中央)と藤森俊希さん(その左)=2017年7月7日、ニューヨーク(池田晋撮影)

しかし今、日本の政治は逆方向に動いています。
・核兵器禁止条約に参加しない
・非核三原則の見直し議論
・「核を持つべき」との発言まで出る
「核には核で対抗する」という考え方ですが、
それは本当に安全でしょうか。
ロシアによる核威嚇が示したのは、
核抑止は絶対ではないという現実です。
指導者次第で、前提そのものが崩れるからです。
だからこそ問われています。
核と共に生きるのか。
それとも、核をなくす方向に進むのか。
憲法9条には、
「核戦争を起こさせない」という意思が込められています。
日本は、その立場から
世界に何を発信するのかが問われています。